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現地レポート

大会3日目 男子決勝トーナメント1・2回戦「ライバルの背中」 RSS

2016年8月25日 1時00分

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岩成台⑤横地 聖真選手(中央)は石山を下して嬉し泣き。勝利への執念が見えた

岩成台⑤横地 聖真選手(中央)は石山を下して嬉し泣き。勝利への執念が見えた

 大会3日目を迎えた「平成28年度全国中学校体育大会 第46回全国中学校バスケットボール大会」。この日は男子決勝トーナメントの1・2回戦が行われ、ベスト4が出そろいました。勝ち上がったのは、愛知の岩成台、福岡の西福岡、愛媛の今治南、東京の実践学園の4チーム。大会最終日となる明日、いよいよ準決勝と決勝が行われ、この中からチャンピオンが決まります。

 決勝トーナメント1・2回戦の中でも、特に強豪ひしめく激戦ブロックとされたのが左上の山。結果的には、岩成台が1回戦で新潟の石山を54-51、2回戦で東京の梅丘を66-62で下す快進撃を見せ、ベスト4進出を決めました。

 点差からも分かるように、両試合ともチームとして大きな力の差はありませんでした。もしもう一度試合をすれば、勝負は違っていたかもしれません。しかし、1発勝負のトーナメントに“たられば”は存在しないもの。この大一番で試合の主導権を握ったのは、絶対的エースの⑤横地 聖真選手を中心に、ロースコアのスローゲームに持ち込んだ岩成台でした。

 その岩成台に敗れた石山は、ジュニアオールスター優勝メンバーを多く擁し、今大会も優勝候補の一角に挙げられていた注目チーム。全員が日本一だけを見据えてきたからこそ、試合終了のシーンは悔しさを超えた“悲壮感”にあふれていました。実はこの試合、一度タイムアップのブザーが鳴った後、残り0秒で横地選手にフリースローが与えられたのですが、石山の選手たちはコートにしゃがみ込んで泣き崩れてしまい、そのフリースローを見ようとはしませんでした。

アグレッシブに攻めた石山⑦齋藤 友紀選手だったが、勝利を引き寄せることはできず

アグレッシブに攻めた石山⑦齋藤 友紀選手だったが、勝利を引き寄せることはできず

 試合後、石山の小林 透コーチはこう言います。「今年は力のあるチームだからこそ、今日のような追う展開を経験したことがありませんでした。また、横地君のような選手と対戦するのも初めてで、守り切ることができなかった。負けたのは私の責任です。本当に、選手たちを日本一にさせてあげたかった……」。その目には選手たちと同様に、悔し涙が浮かんでいました。

 厳しいマークを物ともせず、岩成台の得点の大半を稼いだ横地選手は、予選リーグの試合と比べても格段に集中し、“覚醒”していました。相手が、ジュニアオールスターの際に3点差で敗れた新潟だったこともあったでしょう。試合の入りから終了まで横地選手の集中は切れず、ビッグプレイを連発。見事にアップセットの立て役者となりました。

 岩成台の勢いは、2回戦の梅丘戦でも止まりません。梅丘はその横地選手に対して、マッチアップをさまざま変える作戦に出ます。それでも、横地選手はフィジカルの強さを生かしてディフェンスを押しのけ、確実に得点を重ねていきました。

189cmある梅丘の⑤結城 智史選手(写真右)&⑦木林 優選手と、191cmの岩成台⑤横地 聖真選手との空中戦は見応えがあった

189cmある梅丘の⑤結城 智史選手(写真右)&⑦木林 優選手と、191cmの岩成台⑤横地 聖真選手との空中戦は見応えがあった

 また、ディフェンスでも、横地選手が梅丘の⑤結城 智史選手を徹底マーク。梅丘の染谷 久コーチは、「前半のオフェンスが機能しなかったことが敗因」と言います。「最初に結城が抑えられたことで、周りの選手が戸惑ってしまいました。途中からアジャストしていったけれど、時間が足りませんでした」。自他ともに認める梅丘のエースである結城選手が抑えられてしまったことが、チームメイトの動揺につながったのです。

 「自分の力の無さを感じさせられました。ドリブルなどのスキルも、フィジカルの強さも、まだまだ相手に負けていました」。試合後、絞り出すようにこう口にした結城選手。泣くまいとしながら、その声は震えていました。

 チームとして力の差はありませんでしたが、結城選手はエースとして、個の力の差を痛感させられていました。それはこの1年間チームを引っ張ってきた彼にとって、エースのプライドを傷つけられる屈辱だったかもしれません。それでも、「高校ではもっとフィジカルを強くして、ドリブルや外のシュートももっと磨きたいです」と、その目を未来に向けていました。

 悔しさを噛み締める石山や梅丘の選手たちを見ながら、今の大学1年生たちを思い出しました。あの学年は、同い年に“八村 塁”(宮城・明成高卒)という絶対的なスターが存在し、多くの選手たちが『打倒・八村 塁』を掲げて高校3年間でレベルアップしていった代です。安直に横地選手を八村塁選手に例えるわけではありませんが、きっと敗れた選手たちは、同世代のライバルの背中を追い掛け、これからさらに自分の力を磨いていくことでしょう。

 敗北はつらいもの。しかしこの悔しさをやる気の火種とし、自らの成長につなげられた選手こそ、高校やその先のカテゴリーで輝くことができるはずです。ライバルの背中から目を背けず、全力で追い掛けた先に、きっと自分でも思ってもみなかった景色が、広がっているのではないでしょうか。

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